
先日、紹介で10年来の腰痛に悩む男性が来院されました。
これまで整形外科では、
「反り腰だから腰が痛い」
「肉体労働をしているのに筋力が足りない」
「坐骨神経痛です」
といった説明を受けていたそうです。
ところが、お話を伺うと、主な症状は腰痛で、お尻から脚にかけての痛みやしびれなど、一般に坐骨神経痛と呼ばれるような症状はありませんでした。
もちろん、ここで医療機関の診断そのものを否定するつもりはありません。
また、姿勢や筋力が腰痛に関係することもあります。
しかし、
「反り腰だから」
「筋力がないから」
「坐骨神経痛だから」
という一つの言葉だけで、現在の腰痛を説明してしまってよいのでしょうか。
慢性的な腰痛については、現在の痛み医療では、もう少し幅広い視点から考えることが重要になっています。
「反り腰だから腰が痛い」は本当でしょうか
腰の骨には、もともと前方へゆるやかにカーブする「腰椎前弯」があります。
つまり、腰がある程度反っていること自体は異常ではありません。
一般に「反り腰」と呼ばれる姿勢が目立つ人もいますが、
反っていること=腰痛の原因
と単純に結びつけることはできません。
2024年に発表された姿勢と腰痛に関するシステマティックレビュー・メタ解析では、腰痛のある人とない人を比較したところ、腰椎前弯について統計的に明確な差は確認されませんでした。
研究間のばらつきも大きく、研究者らは姿勢と腰痛との関係について確定的な結論を出すことはできないとしています。
興味深いことに、以前のメタ解析ではむしろ腰痛患者では腰椎前弯が小さい傾向も報告されています。
つまり、
「腰が反っているから痛い」
という単純な図式では、腰痛を説明できないということです。
姿勢は身体の特徴の一つとして確認する価値があります。
しかし、その姿勢だけを「痛みの原因」と決めつけることとは別問題です。
「筋力不足」も、それだけでは説明になりません
次に言われたのが、
「筋力不足」
という説明でした。
もちろん、特定の筋肉の筋力低下や持久力低下が身体機能に影響する場合はあります。
しかし、「腰痛がある=筋力不足」とは限りません。
まして肉体労働に従事している人の場合、日常的に、
- 持ち上げる
- 運ぶ
- 押す
- 引く
- 中腰になる
- 長時間動き続ける
といった身体活動を行っています。
それでも、使っている筋肉や動作には偏りがあるため、「肉体労働をしているからすべての筋力が十分」とも言えません。
重要なのは、
具体的にどの筋力が、どのように評価され、その低下が現在の症状とどう結びついているのか
です。
評価なしに「筋力不足だから腰が痛い」と説明してしまうと、患者さんには、
「自分の身体は弱い」
というメッセージだけが残ってしまう可能性があります。
腰が痛いだけなのに「坐骨神経痛」?
もう一つ気になったのが「坐骨神経痛」という説明です。
一般に坐骨神経痛という言葉は、
- お尻
- 太もも
- ふくらはぎ
- 足先
などに生じる痛みやしびれを表す言葉として使われます。
今回の男性から伺った範囲では、主訴は腰痛で、お尻から脚へ広がる痛みやしびれはありませんでした。
もちろん診断については医療機関の領域ですから、当院で診断を否定することはできません。
ただ患者さんにとって、
「腰しか痛くないのに、なぜ坐骨神経痛なのだろう?」
という疑問が生じるのは自然なことです。
病名を伝えるのであれば、その病名が現在の症状とどのようにつながるのかを説明することも大切だと考えています。
痛みの説明は「身体が壊れている」というモデルから変わりつつあります
かつて腰痛は、
「骨が変形している」
「椎間板が傷んでいる」
「神経が圧迫されている」
「姿勢が悪い」
「筋力が足りない」
といった、身体の構造や損傷を中心に説明されることが多くありました。
このような考え方を、ここでは分かりやすく「損傷モデル」と呼びます。
もちろん、骨折、感染、腫瘍、重度の神経障害など、身体組織の異常を正確に評価しなければならない腰痛もあります。
しかし慢性的な腰痛の多くでは、画像所見や一つの身体構造だけでは、症状の強さや長引き方を十分に説明できません。
そこで現在、海外の主要な腰痛ガイドラインでは、身体的な要因だけを見るのではなく、
- 身体の状態
- 痛みに対する考え方
- 不安や恐怖
- 睡眠
- 活動量
- 仕事
- 家庭環境
- 社会的背景
などを含めて考える生物心理社会モデル(BPSモデル)が重視されています。
世界保健機関(WHO)は2023年に発表した慢性一次性腰痛のガイドラインで、身体的・心理的・社会的要因を含めた、全人的で患者中心のケアを推奨しています。
英国NICEの腰痛・坐骨神経痛ガイドラインでも、自己管理や活動の継続、運動を基本とし、必要に応じて心理的アプローチを組み合わせることなどが推奨されています。
各国のガイドラインを調べたレビューでも、慢性非特異的腰痛には、生物心理社会的アプローチを支持するエビデンスがあることが確認されています。
日本でもBPSモデルは取り入れられています
日本でも『腰痛診療ガイドライン2019』は最新のエビデンスを踏まえて改訂されており、心理社会的要因を含めた腰痛の評価はすでに重要視されています。
日本の労働者を対象とした研究でも、心理社会的要因が腰痛の持続に重要な危険因子となることが報告されています。
つまり、日本の学術的な腰痛診療も、すでに「身体の損傷だけを見る」という考え方ではありません。
一方で、実際に患者さんからお話を伺っていると、
「骨が曲がっているから」
「反り腰だから」
「筋力不足だから」
「椎間板が潰れているから」
といった、構造や損傷を中心とした説明だけを受けているケースがほとんどです。
医学の考え方が変わってきても、患者さんに届く説明まで一斉に変わるわけではありません。
ここには、まだギャップがあるのかもしれません。
ですから、日本の痛み医療は諸外国に比べて20年から30年遅れていると言われています。
医療者の「言葉」が痛みに影響することがあります
なぜ、私は患者さんへの説明にこだわるのでしょうか。
それは、説明が単なる「情報提供」ではないからです。
私たち人間は、
「これは危険だ」
「悪化するかもしれない」
「自分の身体は壊れている」
と思うと、その情報をもとに身体の感覚を捉えるようになります。
否定的な期待によって、痛みや不快な症状が強く感じられる現象をノセボ効果と呼びます。
これは「気のせい」という意味ではありません。
期待、不安、注意などによって、実際の身体感覚や痛みの体験が変化することがあります。

「Wi-Fiが身体に悪い」と聞いただけで症状が変わる
ノセボ効果を非常に分かりやすく示した実験があります。
2017年に報告された研究では、参加者に電磁波の健康への悪影響を強調する映像、または中立的な映像を見てもらい、その後Wi-Fiに曝露していると思わせる実験が行われました。
しかし実際には、本物のWi-Fi電波ではなく偽の曝露でした。
それにもかかわらず、電磁波の危険性を強調する情報を事前に見た人では、身体感覚への注意や症状が強くなる傾向がみられました。
研究者らは、否定的な情報が破局的な考えや身体への注意を強め、ノセボ反応につながる可能性を指摘しています。
その後の研究でも、健康への悪影響を伝えた後の偽Wi-Fi曝露によって、身体感覚や生理反応が増加することが報告されています。
また、電磁波に敏感だと感じている人を対象とした研究でも、実際に電磁波へ曝露されたかどうかより、「今、電波が出ている」と本人が認識していることの方が症状と関連していたという結果があります。
非常に興味深い研究です。
実際の刺激だけでなく、「何が起きると思っているか」も、身体の体験に影響する。
これは腰痛を考えるうえでも重要です。
腰痛でも「病名の付け方」だけで受け取り方が変わります
さらに腰痛そのものについても興味深い研究があります。
2022年に発表された1,375人を対象とした無作為化実験では、まったく同じ腰痛のケースについて、
- 椎間板膨隆
- 変性
- 関節炎
- 腰部捻挫
- 非特異的腰痛
- 腰痛のエピソード
と、異なる名称を参加者に提示しました。
すると「椎間板膨隆」「変性」「関節炎」などの構造的な名称を伝えられた人ほど、
画像検査や手術が必要だと考えやすく、状態をより深刻だと受け取りやすい
という違いが生じました。
身体は同じです。
変わったのは説明に使われた言葉です。
それでも患者さんが抱くイメージや、これから必要だと考える治療まで変わりました。
医療者の言葉がそれだけ大きな影響を持つことを示す研究だと思います。
「反り腰」「筋力不足」という説明が作る身体観
今回の男性に戻ります。
「反り腰だから腰が痛い」
と言われれば、
「自分の姿勢は悪い」
と思うかもしれません。
「肉体労働をしているのに筋力不足」
と言われれば、
「自分の身体は弱い」
と思うかもしれません。
さらに「坐骨神経痛」と言われれば、
「神経まで悪くなっている」
と受け取る人もいるでしょう。
もちろん、患者さん全員がそのように感じるわけではありません。
また、その説明をした医療者に患者さんを怖がらせる意図があったとも考えていません。
しかし、伝えた側の意図と、患者さんが受け取るメッセージは必ずしも同じではありません。
だからこそ、説明の仕方は重要です。
痛みがあることと「身体が壊れていること」は同じではありません
痛みは、身体を守るために必要な感覚です。
しかし、
痛みの強さ=組織損傷の大きさ
ではありません。
特に痛みが長く続く場合には、
身体から入ってくる情報だけでなく、
- これまでの経験
- 痛みに対する知識
- 不安
- 恐怖
- 睡眠
- ストレス
- 仕事
- 家庭環境
- 「動いたら悪くなる」という予測
など、さまざまな情報を脳が統合した結果として痛みが生じます。
だからこそ、慢性的な腰痛を、
「ここが壊れている」
という一つの説明だけで理解しようとすると、かえって患者さんの回復を難しくしてしまうことがあります。
おおしま接骨院では「弱い身体」を作る説明をしないよう心がけています
おおしま接骨院では、
「あなたの姿勢が悪いからです」
「筋力がないからです」
「骨盤がずれているからです」
と、一つの要素だけで痛みを決めつけることはできるだけ避けています。
姿勢も確認します。
筋力も必要なら確認します。
筋肉や筋膜、関節の機能、身体の使い方もみていきます。
一方で、痛みが長期間続いている場合には、
- 痛みに対してどのような不安を持っているのか
- 動くことを怖がっていないか
- 睡眠はとれているか
- 生活や仕事にどのような影響が出ているのか
なども重要な情報になります。
これは「精神的な問題だから痛い」という意味ではありません。
身体・心理・社会を分離せず、その人全体をみる。
それが生物心理社会モデル(BPSモデル)の基本的な考え方です。
「なぜ痛いのか分からない」腰痛でお困りの方へ
腰痛が続くと、
「姿勢が悪いから」
「筋力がないから」
「年齢だから」
「骨が変形しているから」
「神経が圧迫されているから」
さまざまな説明を受けることがあります。
もちろん、その中に現在の症状と関係するものが含まれていることもあります。
しかし、一つの言葉だけですべてを決めつける必要はありません。
現在どのような動きで症状が出るのか。
身体にはどの程度の機能が残っているのか。
筋肉や筋膜、関節の機能はどうなのか。
そして痛みについて、どのような説明を受け、どのように理解しているのか。
それらを一つずつ整理することで、これまでとは違った見え方ができることがあります。
痛みがある身体は、「壊れた身体」とは限りません。
おおしま接骨院では、必要以上に身体への不安を強めるのではなく、
「今できることは何か」
「どうすれば安心して動けるようになるのか」
を一緒に考えていきます。
腰痛が続き、「いろいろ説明されたけれど、結局なぜ痛いのか分からない」と感じている方は、一度ご相談ください。





