
目次
「休んだはずなのに痛い」「疲れると痛みが戻る」と感じていませんか?
仕事が忙しい時期に腰が痛くなる。
睡眠不足が続くと肩こりが強くなる。
長期休暇の前後になると、なぜか体調を崩したり、膝や腰の痛みが出たりする。
このような経験があると、多くの方は「また悪くなったのかな」「どこか傷んだのかな」と不安になるかもしれません。
もちろん、痛みがある場所に負担がかかっていることもあります。
ただ、痛みの強さは、必ずしも損傷の大きさだけで決まるわけではありません。
少し意外かもしれませんが、痛みが強い日は、体が壊れた日ではなく、痛みを抑える仕組みが疲れている日ということもあります。
その仕組みのひとつが、今回のテーマである下行性疼痛抑制系(読み:かこうせいとうつうよくせいけい)です。
痛みは「悪い場所」だけから出ている、という誤解
腰が痛いと、腰だけに原因があるように感じます。
肩が痛いと、肩の筋肉や関節だけが問題に見えます。
膝が痛いと、膝の軟骨や筋力だけを考えたくなるかもしれません。
でも、慢性的な痛みでは、痛い場所の状態だけでは説明しきれないことがよくあります。
たとえば、同じ姿勢をしていても痛い日と痛くない日がある。
同じ距離を歩いても、疲れている日だけ膝が痛い。
画像検査では大きな変化がないのに、痛みの波がある。
こうした変化は、「気のせい」ではありません。
痛みは、体から脳へ届く信号だけでなく、脳や神経がその信号をどう受け取り、どのくらい危険と判断するかによっても変わります。痛みの感じ方には、感情、不安、注意、過去の経験、記憶などが関わることが示されています。
つまり、問題は「痛い場所」だけにあるとは限らないのです。
下行性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)とは何か
脳から痛みを調整する“ブレーキ”のような働き
下行性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)とは、簡単に言うと、脳から脊髄へ向かって痛みの信号を調整する仕組みです。
体から上がってくる痛みの信号を、そのまま全部通すのではなく、脳が「今はどのくらい警戒すべきか」を見ながら調整しています。
イメージとしては、痛みにはアクセルとブレーキがあります。
痛みのアクセルが強く踏まれると、少しの刺激でも痛く感じやすくなります。
反対に、痛みのブレーキがうまく働いていると、多少の刺激があっても痛みとして強く感じにくくなります。
下行性疼痛抑制系は、このブレーキ側の働きに関わっています。
慢性痛では、このブレーキが働きにくくなることがある
慢性痛では、下行性の痛み調整システムのバランスが乱れ、痛みを抑える働きが弱くなったり、痛みを促進する方向に傾いたりする可能性が示されています。
ここで大切なのは、「神経が壊れている」と考えすぎないことです。
どちらかというと、警報機が敏感になっている状態に近いかもしれません。
火事ではないのに警報機が鳴りやすくなるように、体が危険を早めに知らせようとして、痛みを強く出していることがあります。
これは慢性痛の方にとって、決して珍しいことではありません。
ストレスや疲労が続くと、痛みのブレーキは働きにくくなる
ストレスは痛みを強く感じさせることがある
臨床では、痛みが強くなるタイミングを聞いていくと、体の使いすぎだけでなく、ストレスや緊張の蓄積が関係している方が少なくありません。
たとえば、仕事の締切が続く。
家庭の用事が重なる。
人間関係で気を張る時間が増える。
休んでいるつもりでも、頭の中ではずっと考えごとをしている。
こうした状態が続くと、脳や神経は「安全」と判断しにくくなります。
すると、痛みを抑えるブレーキが十分に働かず、同じ刺激でも痛みを感じやすくなることがあります。
慢性筋骨格痛の方を対象にした研究では、健康な参加者では認知的ストレス課題の後に痛みの閾値が上がる反応が見られた一方、慢性筋骨格痛の方ではそのような鎮痛反応が見られず、痛みの感じ方が強まる傾向が報告されています。
ただし、この研究は慢性筋骨格痛の方22名、痛みのない方18名を対象にした比較的小規模な研究です。
そのため、「ストレスがあると必ず痛みが悪化する」と断定するものではありません。
それでも実務的には、ストレスが続く時期に痛みが増える方を理解するうえで、参考になる視点です。
睡眠不足や疲労も、痛みの調整に関係する
疲れている日に痛みが強くなるのも、よくあることです。
睡眠不足が続くと、体の回復だけでなく、脳の痛み調整にも影響が出る可能性があります。健康な参加者を対象にした研究では、24時間の完全な睡眠不足の後に、条件性疼痛調節、つまり痛みを抑える働きが低下し、圧痛や冷刺激への痛み感受性が高まったことが報告されています。
この研究も、健康な方を対象にした実験的な睡眠不足の研究です。
日常生活の疲労や、すべての慢性痛にそのまま当てはめることはできません。
それでも、「寝不足の翌日に痛みが強い」「疲労が抜けない時期に体が痛い」という感覚は、単なる気分の問題ではなく、痛みの調整システムと関係している可能性があります。
長期休暇の前後に体調を崩す人がいる理由
休暇前は、気づかない疲労がたまりやすい
長期休暇の前になると、仕事や家の用事を片づけようとして、いつも以上に頑張る方がいます。
「休みに入る前に終わらせておきたい」
「帰省や旅行の準備をしなければ」
「休むために、今だけ少し無理をしよう」
このような時期は、体は動いていても、自分では疲労に気づきにくいことがあります。
緊張感がある間は、痛みを感じにくい場合もあるからです。
ところが、少し落ち着いたタイミングで、腰痛や肩こり、頭痛、膝の痛みが出てくることがあります。
これは「休みに入ったから悪くなった」というより、休暇前に積み重なっていた疲労や緊張が、あとから表に出てきたと考えると理解しやすいかもしれません。
休暇中・休暇明けは、生活リズムが変わりやすい
長期休暇中は、普段と生活のリズムが変わります。
睡眠時間がずれる。
食事の時間が変わる。
長時間の移動がある。
旅行や帰省でいつもより歩く。
反対に、家で長く座って過ごす。
休暇明けに急に仕事モードへ戻る。
これらはひとつひとつは小さな変化です。
しかし、いくつも重なると、脳や神経にとっては「いつもと違う状態」になります。
すると、下行性疼痛抑制系が働きにくくなり、普段なら気にならない刺激も痛みとして感じやすくなることがあります。
「休んだのに痛い」は、よくあることです
ここで一度、立ち止まって考えてみてください。
休んだのに痛いのではなく、休める状態になったから、体が疲労に気づいたということもあります。
長期休暇の前後に体調を崩す方は、決して少なくありません。
それは、気持ちが弱いからでも、体が急に壊れたからでもありません。
疲労、緊張、睡眠リズム、活動量、移動、食事、気温差。
そうした条件が重なった結果、痛みのブレーキが一時的に働きにくくなっている可能性があります。
臨床でよく見る痛みのパターン
忙しい週だけ腰痛が強くなる
普段は落ち着いている腰痛が、残業や睡眠不足が続いた週に強まることがあります。
この場合、腰そのものが毎回大きく傷ついているというより、脳と神経の警戒レベルが上がっている可能性があります。
痛みを抑えるブレーキが働きにくくなり、いつもの動作でも「危ないかもしれない」と判断されやすくなるのです。
緊張が続くと肩こりが痛みに変わる
肩こりは、筋肉の硬さだけで説明されることが多い症状です。
しかし、呼吸が浅い、気を張る時間が長い、考えごとが多い、眠りが浅い。
こうした条件が重なると、肩まわりの重だるさが痛みとして感じられることがあります。
肩が急に壊れたというより、体全体が緊張モードから抜けにくくなっているのかもしれません。
膝の状態は同じなのに、日によって痛みが変わる
膝の痛みも、日によって波があります。
階段で痛い日もあれば、同じ階段でもあまり気にならない日がある。
たくさん歩いても平気な日がある一方で、少し歩いただけで不安になる日もある。
これは、膝の構造だけでなく、疲労や睡眠、ストレス、活動量によって痛みの感じやすさが変わっている可能性があります。
もちろん、膝にかかる負担を整えることは大切です。
ただ、それと同じくらい、痛みのブレーキが働きやすい状態をつくることも大切です。
大丈夫です。ブレーキは働きやすくしていけます
痛みを減らすには「安全」と感じられる条件を増やす
下行性疼痛抑制系の話を聞くと、「自分の痛みは脳の問題なのか」と不安になる方もいるかもしれません。
でも、ここで伝えたいのは、痛みを否定することではありません。
むしろ反対です。
痛みは本当に感じているものです。
ただ、その痛みの強さには、痛い場所だけでなく、脳や神経の安全確認システムも関わっているということです。
だからこそ、改善の入口はひとつではありません。
筋肉や関節を整えること。
動き方を見直すこと。
睡眠を整えること。
疲労をためすぎないこと。
痛みに対する怖さを少しずつ減らすこと。
安心して動ける経験を増やすこと。
これらはすべて、痛みのブレーキが働きやすい環境づくりにつながります。
無理に鍛えるより、安心して動ける範囲を増やす
慢性痛では、「痛くても我慢して動けばよい」と考えすぎる必要はありません。
もちろん、まったく動かさない状態が続くと、体はさらに警戒しやすくなることがあります。
ただし、痛みを押し切って頑張りすぎると、かえって脳が「やはり危険だ」と学習してしまうこともあります。
大切なのは、痛みがゼロになるまで待つことではありません。
そして、痛みを無視して頑張ることでもありません。
「これくらいなら動けた」
「少し歩いても大丈夫だった」
「昨日より力を抜いて動けた」
こうした小さな安全の経験を積み重ねることが、痛みの予測を少しずつ変えるきっかけになります。
今日からできる小さな工夫
痛みが強い日は、まず生活の変化を振り返る
痛みが強い日ほど、「また悪化した」と考えたくなります。
でも、少しだけ視点を変えてみてください。
ここ数日、睡眠は足りていたでしょうか。
仕事や家の用事で、気を張る時間が増えていなかったでしょうか。
長時間の移動や座りっぱなしはなかったでしょうか。
休暇前後で、生活リズムが大きく変わっていなかったでしょうか。
痛みの理由を「損傷」だけで見ないこと。
それだけでも、不安が少し下がることがあります。
負荷を下げる日は、悪い日ではなく調整の日
痛みが強い日は、無理に普段通りを目指さなくても大丈夫です。
散歩の距離を短くする。
同じ姿勢を続ける時間を少し減らす。
呼吸をゆっくり整える。
早めに寝る準備をする。
痛みが増えにくい範囲で、軽く体を動かす。
これは逃げではありません。
痛みのブレーキが働きやすくなるように、条件を整えているだけです。
長期休暇の前後は、予定に余白を残す
休暇前後に体調を崩しやすい方は、予定を詰め込みすぎないことも大切です。
休暇前にすべてを終わらせようとしすぎない。
移動の翌日は、少しゆっくりする。
休暇明け初日から全力に戻そうとしない。
いつもの睡眠時間に戻す日をつくる。
少し地味ですが、こうした余白が、痛みのブレーキには案外大事です。
まとめ|痛みが強い日は、ブレーキが疲れている日かもしれません
下行性疼痛抑制系は、脳から脊髄へ向かって痛みの信号を調整する仕組みです。
慢性痛では、この痛みを抑える働きが弱くなったり、痛みを促進する方向に傾いたりすることがあります。
ストレス、疲労、睡眠不足、長期休暇前後の生活リズムの変化。
こうした条件が重なると、痛みを抑えるブレーキが働きにくくなり、いつもより痛みを強く感じることがあります。
でも、それは「体が壊れた」という意味ではありません。
大丈夫です。
慢性疼痛ではよくあることです。
痛みが強い日は、痛い場所だけを責めるのではなく、脳と神経が安心しやすい条件を整えていく。
その視点を持てると、痛みとの向き合い方は少し変わっていくかもしれません。
不安が強い場合や、いつもと違う症状が続く場合は、ひとりで判断しすぎず、専門家に相談してみてください。
痛みを無理に押さえ込むのではなく、体が安全を取り戻せる道筋を一緒に探していくことが大切です。
一人で不安な場合、お気軽にご相談ください。







