
かつての日本では、近所の大人が子どもを叱り、褒め、見守るという文化が自然に存在していました。
顔と名前が一致する関係性の中で、安心と緊張のバランスが保たれていたのです。
今はどうでしょうか。
隣に誰が住んでいるか分からない。困っていても声をかけにくい。
便利さの裏側で、目に見えない「信頼のインフラ」が静かに痩せているようにも感じます。
■ 社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)という視点
この“信頼の蓄積”を説明する概念として、ハーバード大学の政治学者 ロバート・パットナム が提唱した「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」があります。
彼は著書 Bowling Alone の中で、
地域のつながりや相互信頼が低下すると、
- 犯罪率の上昇
- 健康度の低下
- 政治的無関心
- 孤立の増加
といった社会的変化が起きやすいことを示しました。
つまり「信頼」は、単なる精神論ではなく、
社会と健康を支える“見えない資産”なのです。
■ なぜ“信頼”が健康や痛みに関係するのか
慢性的な不安や警戒は、自律神経のバランスを崩します。
- 働き過ぎ
- 栄養の偏り
- 情報過多による不安
- 人間関係の希薄さ
こうした要因が重なると、交感神経優位の状態が続きやすくなります。
身体は常に「戦うか逃げるか」のモード。
その結果、
- 筋緊張の持続
- 痛覚過敏
- 睡眠の質の低下
- 回復力の低下
といった状態が起こりやすくなります。
「人が信用できない」という環境は、
脳にとっては“安全ではない世界”です。
安全でない世界では、痛みのセンサーも過敏になります。
■ 地域のつながりは“神経の安心装置”
信頼できる人がいる。
困ったら相談できる場所がある。
挨拶を交わせる関係がある。
これらは単なる情緒的価値ではなく、
神経系にとっての「安全シグナル」です。
焚き火のように、
そこにあるだけで心拍が落ち着く存在。
もし地域や家庭、職場に
安心できる関係が一つでもあれば、
それは強力な鎮痛因子になり得ます。
■ 今こそ取り戻したいもの
便利さや効率を追求する社会の中で、
私たちは少しずつ“人との接点”を減らしてきました。
しかし、
- 痛みを抱える人が増えている
- 孤独が社会問題になっている
- 不安が日常化している
この流れを見れば、
何か大切なものを置き忘れてきたのかもしれません。
痛みを減らすことは、
筋肉や関節だけの問題ではありません。
信頼を積み直すこと。
安心できる関係を作ること。
小さな挨拶を交わすこと。
それもまた、治療の一部なのです。
今こそ一人ひとりが
「安全とは何か」を考え直す時期なのかもしれません。
そして、日本人が長い年月をかけて築いてきた
“信頼という文化資産”を、
もう一度丁寧に育て直していきたいものですね。



